禁漁期拡大などの対策で2000年代中盤に増加したアユの遡上量が、2008年以降減少に転じた理由は濁水以外にもあると思われる。その原因は、冷水病の発生や河川の浄化能力の低下が考えられるため、濁り対策を施しながら、禁漁期の拡大や効果的な産卵場の造成などによって、アユ資源の自力回復を促す必要がある。
1970年代以降の天竜川の遡上量(河口での稚アユ採種量を指標)は、前年の仔魚の流下量と関連し、流下量の減少とともに遡上量も減少していた。このことから、天然アユを増やすための最重要課題は「ふ化仔魚を増やすこと」と考えられ、天竜川漁協では2005年以降、禁漁期の拡大(親魚の確保)、産卵場の整備(効率の良い産卵環境の提供)、産卵保護区の拡大等に取り組んで来た。
対策に着手した2005年以降、3年連続でふ化仔魚の流下量は急増し、2005-2006年級群[注]に関しては、遡上量も増加傾向にあった。ところが、推定流下量が140億尾まで増加した2007年級群は一転して、遡上量が減少した。秋の流下量は多かったため、2007年級群の減少の主要因は河川内の減耗ではなく、海域生活期において生存率が低下したことにあると判断された。
[注]年級群:ふ化した年を基準にして、例えば2005年級群は2005年秋にふ化し2006年春に遡上したアユを指す。
さらに、2008年(2007年級群)以降、主産卵範囲が縮小し、産卵盛期も短くなる傾向も見られ、この原因は親魚の不足と考えられた。つまり、2007年級群以降は、遡上量の減少→親魚の不足→流下量の減少という悪循環が続いていることになる。
四国から関東にかけての太平洋岸の河川において、2008年以降、天竜川のように一貫して遡上量が減少した河川は見当たらず、最近の遡上量の減少は、天竜川独自のものである可能性──つまり、河川内に原因がある(例えば濁りの長期化)──高い。
アユが良く釣れた頃(1990年代)と最近の濁りを比較すると
天竜川漁協の入漁券(年券)の販売枚数から1990年代前半を「良く釣れた時期」、2006年以降を「釣れなくなった時期」として、それぞれの期間の濁度(濁りの指標:船明ダム取水口での測定)を比較すると、1990年代前半の良く釣れた時期の方が、釣れなくなった近年よりも、濁りが強いという意外な結果となった。
さらに、友釣りが可能な濁度(10未満)、藻類の生育が阻害されない濁度(15未満)、アユが忌避しない濁度(23未満)に区分して、それぞれの出現頻度を計算したところ、いずれの区分でも近年の方が良好な状態(友釣りが可能な日数が増える等)にあった。
このような濁度の測定結果から見ると、天竜川下流部の濁りは近年やや低減傾向にあるが、これは釣り人の印象とは合致しない。この理由として、(1)濁度の測定精度が低い、(2)近年の不漁(資源量減少)は濁り以外にも理由がある、という2つのことが考えられる。
(1)に関しては漁協の透視度の測定結果を用いて検証してみると、大きな問題は見出せなかった。したがって、現時点では(2)の可能性が高いと推定され、冷水病の発生により濁りの悪影響が以前よりも出やすくなっている、あるいは河川の浄化能力が低下している、といったことが起きている可能性が考えられた。
考えられる対策
近年の遡上量の不足は、直接的には産卵期に親魚が不足していることに起因している可能性が高い。対策として簡便なのは種苗放流または親魚放流であるが、これまでの調査から、生息環境が悪化している天竜川では放流しても生存率が極端に低下していて、その効果が十分に得られないことが分かっている。
そのため、濁りの低減対策(発生源対策、貯水池対策、河川内での浄化対策)によって、河川環境の回復を待ちながら、一方では、禁漁期の拡大や効果的な産卵場の造成方法の開発など、実行可能な対策を積み重ねて、天然アユ資源の自力での回復を待つことが求められている。
かつては「死の川」とも言われた東京都の多摩川は、1990年代後半には遡上量が極端に減少していたが、近年では100万尾以上の天然アユが安定的に遡上し、2012年は1,000万尾を越える大量遡上となっている。天竜川にも天然アユが復活する可能性は残されていると信じたい。